社会福祉法人 愛泉会日南病院

広報誌:うみがめ

うみがめ第12号

投稿日:2014.3.22

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申しあげます。
理事長 西島 英利

さて平成14 年7月1日に国より移譲を受けまして今年で12 回目のお正月を迎えました。昨年の2月に病院の改築を始めまして今年は2期目の工期で2病棟(一般病棟)、大ホール等を現在建築中です。
今年の8月に完成予定で、引き続き重症心身障害児(者)の病棟建築に取りかかる予定で現在設計に取りかかっているところです。
特に重心の病棟はまだ歴史が浅く、新築した病院を見学に行きましたが、残念ながら「これは」という物がまだ感じられずにいるのが現状です。
しかし、せっかく新築するのですから何かと智恵(ちえ)を働かせていいものを造りたいと思って
おります。
そのためには、保護者の皆様方の御協力なくして新しいものはできないと思っています。どうぞよろしくお願い申し上げます。
そして我々の施設は病院ですので故大堂院長の意志でもありましたリハビリの充実にも力を入れていきたいと思っています。
また、現在建築中の2病棟につきましては急性期の治療は当然ですが、脳卒中で麻痺をおこされた方々に対する再生のためのリハビリにも力を入れていきたいと思います。
病室には各々トイレと洗面台が付いており、これもリハビリのひとつとして考えています。また、無菌治療室や観察室等も整備し、更なる医療の充実に努力していきます。

全体的には、平成27年の夏には完成する予定です。工事期間中は皆様方に大変な御迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。そしてあらためまして皆様方にとりまして今年1年が素晴らしい1年でありますことを御祈念申し上げます。

うみがめ第11号

投稿日:2013.12.6

「おもてなしの心」  院長 春山 康久

2020年の夏季五輪が東京都に決定しました。7年後には東京都で2回目の夏季五輪が開催されます。今回の東京五輪招致成功の決め手になったのは日本の最終プレゼンにあったといわれ、中でも滝川クリステルさんのスピーチが絶賛されています。彼女個人の魅力、流暢なフランス語、豊かなジェスチャー、いずれも素晴らしいもので、日本人の「おもてなしの心」が話題になりました。改めてその意味を考えてみました。「おもてなし」とは「もてなし」に丁寧語「お」を付けたことばであり、「もてなし」の語源は「モノを持って成し遂げる」という意味であるそうです。お客様に応対する扱い、待遇とも言われます。「おもてなし」のもう一つの語源は「表裏なし」、すなわち表裏のない「心」でお客様をお迎えするという意味であります。「おもてなし」には目に見える「モノ」と、目に見えない「コト」(言葉、表情、仕草など)があり、「おもてなし」とは「思いやり」をできる限りの「モノ」と「コト」で、表裏の無い心で誠実に伝えることであり、茶道の「一期一会」に通じるそうです(岩下幸功)。

1964年の東京夏季五輪を契機に東京モノレール、国立競技場、名神高速道路、首都高速道路等が整備され東京は近代都市として生まれ変わりましたが、当時の重症心身障害を取り巻く環境は劣悪で国の施策として整備されるまでには時間がかかりました。昭和23年重症児の収容施設(小林提樹)、昭和27年知的障害児施設「花園学院」(谷口憲郎)、昭和28年「近江学園」(糸賀一雄)、昭和33年「秋津療育園」(草野熊吉)、昭和36年「島田療育園」、昭和38年「びわこ学園」、「拝啓池田総理大臣殿」(水上勉)、厚生省事務次官通達「重症心身障害児療育実施要綱」、昭和41年厚生省事務次官通達「重症心身障害児(者)の療育について」、昭和42年児童福祉法の一部が改正。この頃になって民間の施設も全国的に少しずつ設立され、国立療養所にも委託病棟が設けられました。重症心身障害児施設が病院認可児童福祉施設として認可され、国の補助、各補助団体委託も制度化されました。

前回開催の東京夏季五輪は敗戦後急速な復活を遂げた日本が、再び国際社会に復帰したことを示した大会でありましたが、2020年開催の東京夏季五輪では前回大会のレガシーを活用した「東京モデル」の創出が求められ、そこに成熟都市、日本でのオリンピック開催の意義があると言われています。前の大会から50年が経過し、重症心身障がい療育も成熟の時代が求められます。今後HAL(Hybrid Assistive Limb)、iPS細胞など先進医療技術の進歩によって重症心身障がい児(者)を取り巻く環境は明るい未来が待っています。2020年開催の東京夏季五輪が障がい児(者)にとって「お・も・て・な・し」の大会になることを願いたいと思います。

HAL(Hybrid Assistive Limb);体に装着し、身体機能を補助・増幅・拡張することで手足の力を増強するロボットスーツ。筑波大学山海嘉之教授が開発。

うみがめ第11号(PDFファイル)

  1. 院長コラム
  2. 新人職員紹介
  3. 療育活動報告
  4. 保護者会活動から

うみがめ第10号

投稿日:2013.7.1

うみがめ第10号「夢を抱き、夢を追い続ける二人の男のお話」 院長 春山 康久

【蒲島 郁夫】 夢を信じ、一歩を踏み出した人であり、プロフィールが画期的であります。東京大学教授就任時には「農協職員から東大法学部教授に」とマスコミをにぎわせた方です。
1947年熊本県生まれ。熊本県立鹿本高校卒業、高校時代は二百三十人中、二百番台の大変な落ちこぼれ。小説家、牧場経営、政治家を目指す。農協勤務などを経て21歳で農業研修生として渡米。この時の生活ぶりを氏は農奴と評されています。3年間の研修を終え帰国。24歳、再渡米、ネブラスカ大学農学部に入学、豚の精子の保存方法を研究。卒業後、政治家を目指しハーバード大学大学院博士課程(政治経済学専攻)に入学、1979年に同博士号を取得。帰国後、33歳で筑波大学社会工学系教授、50歳で東京大学法学部教授。61歳、熊本県知事、現在2期目として活躍中です。先日、蒲島知事の講演を拝聴する機会がありました。

講演の中で蒲島知事は、夢を持って、一歩踏み出すこと。夢を持っただけでは化学反応は起きないこと。夢に向かって一歩踏み出すこと。人生の可能性を信じて、逆境をポジティブに捉え、与えられた舞台の期待値を越えていけば、やりたいことの大概は実現できることを説かれました。自ら夢を抱き、一歩を踏み出し、夢を実現させた人の講演は力強く説得力のあるものでした。最後に知事がメッセージとして述べられたことは以下の通りです。①人生の可能性は無限大である。②逆境は将来の夢である。③夢を持って、一歩踏み出す。④120%努力する。結果としてFull setのDNAがSwitch onされる。

(参考)「逆境の中にこそ夢がある」 蒲島郁夫 講談社

【三浦 雄一郎】 世界最年長80歳で世界最高峰8,848mのエベレスト登頂に成功されたことは記憶に新しい所です。先日、三浦雄一郎氏のドキュメントドラマがNHKのテレビで放送されましたが、三浦氏の身体能力に関するもので興味深く拝見しました。
雄一郎氏の脳をMRIで診断すると萎縮が少なく、実年齢より15歳近く若い状態であったそうです。その要因は1日6,000歩以上歩く事、エベレスト登山の時も本を持参する位の読書家であり、本をたくさん読むことも脳前頭葉の萎縮が抑えられているとのことです。さらに、氏は人生の目標の明確さが突出しており、家族との関係や人生観を探るため200問を超える心理調査をおこないましたが、これまで調査した1万6千人の中で最高点であったそうです。健康長寿のためには生きる希望や目標を持ってトレーニングを行えばいくつになっても筋肉が鍛えられること、さらに自分の夢を自身に問いかけることが重要であるそうです。(下方浩史先生 国立長寿医療研究センター)
雄一郎氏の二男・豪太氏は自らも登山家であり、高所登山家の生理学を研究されております。低酸素環境下における遺伝子発現についての研究で、HO-1(ヘムオキシゲナーゼ)は高所において生体を守る抗酸化作用、酸素をより取り込みやすいように血管拡張作用を持ちますが、雄一郎氏のような高所登山家にはHO-1が通常の6倍以上含まれ、HO-1が高所では生体を防御している可能性があるそうです。(Gota Miura BBRC 2011)
また最近ではテロメア(Telomere)の研究が進行中です。古来より歌に歌われているように、「生きとし生けるもの」は必ず死を迎えるのが世の常とされています。人は生命を維持、保存するために細胞が分裂を繰り返しておりますが、この細胞が分裂する時にDNAの分解や修復から染色体を保護し遺伝的な安定性の役割をしているものがテロメアと呼ばれているものです。このテロメアは細胞分裂を繰り返すと少しずつ短くなり、完全になくなると細胞分裂を止め、細胞老化を起こし機能を停止すると言われております。そのためテロメアは寿命の重要なバイオマーカーであり、細胞の回数券と呼ばれています。テロメア短縮による細胞の老化が、個体の老化の原因となることが示唆されています。
現在、三浦豪太氏の研究グループはテロメアと高所の関係に注目して、80歳の三浦雄一郎氏や豪太氏本人のエベレストに登る過程でテロメアの変化をモニターし、高所という環境下における酸素と老化の関係を調べています。実験結果が待たれる所ですが三浦雄一郎氏のテロメアは短縮することなく、若い細胞が分裂を繰り返していることでしょう。
人間、年齢を重ねるとアンチエイジングなど老化現象を遅らせることは出来ても、老化は避けらないと思われています。今回、二人の人間の生きざまを知り、人間には老化以外に成熟または、進歩(進化)という生き方もあることをつくづく感じさせられました。

うみがめ第10号(PDFファイル)

  1. 院長挨拶
  2. 新人職員紹介
  3. 療育活動報告
  4. 作品寄贈によせて 等

うみがめ第9号

投稿日:2013.4.1

うみがめ第9号(PDFファイル)「外来管理棟移転によせて」 理事長 西島 英利

愛泉会日南病院がオープンしてからあっという間に11年目に入りました。
今、病院の全面建て替えを始めまして昨年12月25日に外来管理棟が完成いたしました。
新館で外来を行っていますが、皆様には御不便をおかけしているのではないかと心配しております。何かあれば、いつでも御意見をいただければと思います。
今回、新しくMRI(脳の精密検査等の機械)を導入しました。
重症心身障がい児・者の方々の新しい治療法への開発にも繋がるのではないかと期待しております。また、一般の患者さんには脳疾患への精密検査等にも利用できるものと思います。今後2期目、3期目へと建築を進めていきますが、患者様の入院治療を続けながらの作業ですので、時間がかかることを御理解いただきますようにお願い申し上げます。
完成した折には、一般の方々、重症心身障がい児・者の方々の生活の質の向上のためにリハビリテーションの更なる充実にも力をいれる予定です。
これからも皆様方の御指導をよろしくお願い申し上げます。

「管理・外来棟新築移転によせて」 院長 春山 康久

愛泉会日南病院の管理・外来棟は平成24年12月17日竣工式、12月25日に一般オープンしました。平成24年3月2日の起工式から9ヶ月間の工期で、現在は新しい外来棟での診療が行われております。昨年、当院は開院10周年を迎えましたが、節目の年での新築移転でありました。当院の沿革は66年の歳月を数え、56年の国立病院、民営化後の10年の歴史があります。現在は重症心障害児(者)施設(124床)と一般内科病棟(60床)がありますが、今回は重症心身障害児施設としての歴史を振り返ってみました。

  1. 国立療養所日南病院(昭和22年4月~平成14年6月)
    昭和22年4月、日南市油津梅ヶ浜に国立宮崎療養所日南分院として発足、昭和37年4月、風田の現在地に新築移転、昭和38年4月国立日南療養所と改称しました。
    肺結核患者の減少に伴い、国の方針により昭和47年4月、結核病棟の一部を一般病棟に変更し、昭和50年4月、重心障害児病棟40床(3病棟)、昭和52年6月、重心病棟40床増床(5病棟)とし、80床の重心児施設が開設されました。
    重心児受入れの準備として、スタッフ全員が未経験であったため、昭和50年1月、看護師は国立療養所再春荘(熊本)、国立療養所宮崎病院で実務研修を行い、開設に備えました。昭和50年4月28日、午前11時30分、医事係より「入院患者さんが着かれました。迎えに来て下さい」との連絡を受け、胸の鼓動を感じながら第1号の入所者を迎えました。川南の宮崎病院からの転院であったそうです。以後毎週2名ずつの入院がありましたが、当時は県立日南病院小児科医師に来て頂き診察をして頂いたそうです。ほとんどが小さなヨチヨチ歩きの子供で、泣きやまない子はおんぶして仕事をし、添い寝して寝かせたこともあったそうです。排尿訓練でやっとトイレでおしっこが出た時、スタッフ全員で大喜び、感極まってうれし泣きした婦長さん、以後サインや返答で尿意を教えるようになったそうです。
    4月に開設された重心病棟(3病棟)は10月には満床となり、以後満床の状態が続いておりました。翌年昭和52年6月には重心病棟(5病棟)40床が増設されましたが、1年後には満床となりました。重心児施設が重心児にとっていかに待たれていたかが解ります。
    昭和51年3月には父母の会が結成されました。国の医療政策により国立病院・療養所の再編成・合理化の基本方針が閣議決定、平成14年6月、国立療養所日南病院は民間移譲が決定しました。
  2. 愛泉会日南病院(平成14年7月~現在に至る)
    国から移譲を受けたのは、平成14年7月1日、午前零時丁度だったそうです。午前零時に病院の鍵が渡され、やっと病院の中に入ることが許されたとのことです。真夜中の儀式、いかにもお役所仕事とはいえ、聞いてびっくりしました。社会福祉法人愛泉会日南病院として発足、重心病床124床、一般病床60床がスタートし、初代院長は西島英利理事長が兼任されました。理事長が職員に向かって訓示された言葉、「いままでは国立だから、何をしても倒産しないと思っていたかもしれませんが、これからは選ばれる病院になるように、意識を変えてください。自分たちの病院に『来ていただく』という発想にならなくてはいけません」(西島英利 挑む医師)。官から民への移行で、職員の意識改革が強く求められましたが、合せて重心看護技術の向上のため平成14年10月から3ヶ月間、6名の看護師が3班に分かれて国立療養所南福岡病院の重心病棟、 超重心病棟で研修を行いました。
    平成16年4月、九州保健福祉大学より大堂庄三先生が第2代目院長として赴任されました。大堂先生は元宮崎医科大学小児科助教授で小児科学、特に臨床遺伝学、小児神経学が専門です。重心医療にリハビリは重要であるとの方針でリハビリ部門の職員(作業療法士、理学療法士、言語聴覚士)を多く採用し、当院の重心医療の拡充に努め基礎作りに多大の貢献して頂きました。またこの頃、宮崎県でもNICU(新生児特定集中治療室)の慢性的な満床、重度の知的・身体障害を持った子どもが入所する重症心身障害児施設の整備が求められておりました。西島理事長は愛泉会日南病院に超重症児の受入先施設の建設を決断され、宮崎医科大学産婦人科(池ノ上教授)、小児科(布井教授)、整形外科学(帖佐教授)の協力を取り付け建設準備に取り掛かりました。また職員は江津湖療育園(熊本市)施設見学、宮崎医科大学小児科での研修を積み、平成16年10月超重症心身障害児(者)の受入れ施設としての新病棟(1病棟)、44床がオープン、宮崎医科大学から超重症児の入所が始まりました。
    平成21年4月、県立日南病院より第3代目院長として春山康久が赴任しましたが、重心施設の老朽化に対して改築の機運が高まり、平成22年5月「病院の増改築に関する検討委員会」が設置され、新しい病院建設に向けた検討が始まりました。折しも平成23年3月11日に東日本大震災が発生し、地震、津波による多大な人的・物的被害を被ました。この震災を契機に、自然災害に対する備えが再認識され、重心施設の在り方も重要な課題となりました。施設の建設にあたり、「社会に開かれた病院」をコンセプトとしましたが、災害(地震・津波・火事)に強いこと、時代の要請に応えられる機能を有する事を重点項目として掲げ、平成24年12月25日新築工事1期分として管理・外来棟がオープンしました。これから2期(厚生・内科病棟)、3期(重心病棟)と工事は継続します。愛泉会日南病院はまた新たな歴史を重ねることになりますが、当院の開院以来掲げた病院理念「生命の尊重と人間愛に基づき、信頼される病院づくり」は変わることなく受け継がれます。

うみがめ第9号(PDFファイル)

  1. 理事長挨拶
  2. 院長挨拶
  3. リハビリテーションの紹介
  4. 療育活動報

うみがめ第8号

投稿日:2012.12.1

うみがめ第8号「iPS細胞と重症心身障害児(者)」 院長 春山 康久

京都大学の山中信弥教授が、2012年のノーベル医学生理学賞を受賞しました。

今回の山中博士の受賞は「成熟細胞が初期化され、多能性を獲得しうる現象の発見」に対して贈られたものです。平成24年のビッグニュースとなりました。

すべての生き物は、膨大な数の細胞から構成され、ヒトの場合は約60兆個の細胞から成り立っています。それらは、たった1個の細胞である「受精卵」が分裂を繰り返し、皮膚、心筋細胞、神経細胞等、体を作る様々な細胞が作られます。成熟(専門化)した細胞は決して別の種類の細胞にはなりません。失った臓器は再生されないということですが、今回の発見は成熟した細胞を未熟な状態に戻すことに成功したことで、臓器の再生医療に大きく貢献できる可能性を示しました。

マウスではiPS細胞から正常な精子や卵子をつくることに成功しており、このようにしてできた精子と卵子はそれぞれ、通常の卵子、精子と受精でき、生まれたマウスがさらに子孫を残せることも確認されています。また、iPS細胞の技術によって、病気になるメカニズムの解明が進み、薬を探すだけでなく、薬の毒性試験にも使え、新薬開発の実用化が期待されています。
「私の人生のすべての目標は、iPS細胞を患者さんのもとに届けること」ノーベル賞授賞が発表された直後の山中博士のコメントです。

筋ジストロフィーの患者からiPS細胞が作成され、細胞を提供した子供の親から「この子の治療には役立たないかもしれないけれど、将来、同じ病気のお子さんのために」と言われたそうです。iPS細胞が、ひとりでも多くの重症心身障害児(者)のもとに届けられ、重症心身障害児(者)が光を感じ、音を聞くことができる、そのような未来の治療が可能となる日が訪れることを願いたいと思います。

(参考資料)
1) iPS細胞とはなにか 朝日新聞大阪本社科学医療グループ ブルーブックス 講談社
2) iPS細胞 ニュートン12月号 2012年 ニュートンプレス

うみがめ第8号(PDFファイル)

  1. 松かぜ
  2. 院長コラム
  3. 医師紹介
  4. 療育活動報告
  5. 保育所紹介
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広報誌:うみがめ

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